2026.3.1
教箋

令和の米騒動

「お米、高すぎない?」スーパーの棚を見て、妻がぽつりと不満を漏らした。
「令和の米騒動」と騒がれて久しいが、いまだに店頭の国産米は高騰したままだ。
かつて5キロ2000円台だった米袋は、気がつけば4000円台が当たり前になっていた。
私のわがままで朝食は米を欠かさないが、さすがにこの高騰では夕食はパンや麺類に切り替えざるを得ない。
米の値段一つで、我が家の食卓の風景も変わってしまった。
僧侶には食事の前に「食法(じきほう)」といって、食への感謝を述べる作法がある。
その中に
「たとえ一滴の水、一粒(いちりゅう)の米も、功徳(くどく)と辛苦(しんく)によらざることなし」
という一節がある。
一滴の水も、一粒の米も、天地の恵みとして与えられたものであり、それが田畑から私たちの食卓に届くまでには、数え切れないほどの人の手と労苦が重ねられている。
私たちはそうした多くの「おかげさま」に支えられて、心身の健康を保っているのだ。
米の高騰という出来事は、生活を圧迫する厄介な問題である。
だが同時に、当たり前のように口にしてきた一粒の重みを思い起こさせる出来事でもあるのかもしれない。
この機に、食への感謝をあらためて胸に刻み、一粒一粒を大切に味わいながら、お米をいただいていこうと思う。